サンクコスト(sunk cost)の財務諸表効果(株主と経営者の視点)

 

サンクコスト(埋没原価)とは既に投下済みの資金で、もはや回収不能のコストを指している。経営意思決定に関連して語られることが多く定義のしかたは色々とあるが、このサンクコストとは将来の代替案の選択には無関係のコストで、意思決定に際しては無視されるべきコストといえる。将来に向けてどのような代替案を選択するにしても、もはや支払い済みで回収不可能なコストであることには変わりがなく、将来に向けての意思決定に影響がない。経済学のテキストなどでは、たとえ話としてよく出てくる話がある。映画館の入場券が1000円で売られており、ある愛好家がこの映画は必見の映画で1500円の価値があると認めているとする。その愛好家にしてみれば1500円の価値ある切符が1000円で買えるならばお得であり、早速に購入した。しかし、うっかりして入館する前に切符を紛失してしまった。その時、愛好家の選択できる決定は、自らの不注意を反省し映画をあきらめて家路につくか、あるいは、再度、1000円を支払って入場券を買って、映画鑑賞をするかを決めなければならない。この場合、紛失した切符の代金1000円はサンクコストであり、これから映画を観るか否かの意思決定には無関係なコストとなる。映画鑑賞に1500円の価値を認めていれば、入場券を再度購入して映画を観て楽しむことが合理的というとになる。

もう少し実際のビジネスにありそうな事例を検討してみる。あるメーカーが現在使用している機械(旧機械)を、もっと効率の良い新型モデルの機械(新機械)に取り替えるべきか検討しているとする。 (単位は千円、2年後の機械の残存価値は0、税金は存在しないと仮定する)

旧機械
簿価 600
残存耐用年数 2
減価償却費(1年) 300
機械保守費(1年) 500

新機械
購入額 400
残存耐用年数 2
減価償却費(1年) 200
機械保守費(1年) 250

どちらの機械を使っても、今後2年間の売上高には変化がなく、異なってくるのは機械保守費のみと仮定する。どちらの機械も2年間しか使えないが、機械を取り替えずに現行の機械を使用し続ける場合の今後の2年間のコストは1000(=500+500)となる。これが旧機械を使い続ける場合の関連原価となる。新機械に取り替える場合は2年間の機械保守費500と新機械購入額400との合計900(=250+250+400)が関連原価となる。旧機械の簿価600はサンクコストとして取替の意思決定には無関連の原価となる。関連原価だけで比較すれば新機械に取り替える方がコストを100(=1000-900)だけ減少させるので合理的という結論になる。

今後2年間の見積決算書の形で比較すると次のようになる。なお、上記以外の費用収益はないものと仮定する

旧機械を使い続けた場合の決算書

サンクコスト比較

新機械に取り替えた場合の決算書

新機械の決算書

管理会計的に考えれば、サンクコストである旧機械の簿価を無視し、関連原価で比較して新機械に取り替える方が合理的と判断できる。しかしながら、株主等の利害関係者には財務報告が行われ、財務諸表は一般に公正妥当と認められた会計原則に従って作成される。管理会計的に考えると機械取替が合理的なことは前述の通りだが、財務報告でも2年間通期で見れば機械取替の方が100だけ増益となっている。しかし、単年度ごとの利益で見ると、旧機械を使用し続けた場合は毎年200の利益を安定して生んでいるが、機械取替の場合は1年目は50の赤字に転落し、2年目に大幅黒字に回復するといったかなりボラタイルな決算となってしまう。株主は短期的に利益を上げることを求める傾向があり、また経営者にとっても短期で業績評価が行われ、しかも役員報酬が業績連動している場合などは一時的な業績悪化といえども それを避けたいと考えても不思議ではない。そうなると経営科学的には機械取替の意思決定をすべきところだが、あえて余計な波風を立てることを避けて機械取替を見送るといった意思決定がなされてもおかしくはない。一般株主を始めとして広く利害関係者に管理会計的な思考が浸透してくれば理解も得やすくなるだろうが、実際には合理的な意思決定をするには多くの困難が予想される。

 

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