包括利益と残余利益モデル

  日本の「包括利益の表示に関する会計基準」によれば、包括利益とは、ある企業の特定期間の財務諸表において認識された純資産の変動額のうち、当該企業の純資産に対する持分所有者との直接的な取引によらない部分をいう。・・・中途省略 ・・・その他の包括利益とは、包括利益のうち当期純利益に含まれない部分をいう。と定義している。企業会計にある程度詳しくないと何を言っているのか分かりにくいと思うが、大ざっぱに言えば、通常の営業活動で稼いだ利益から税金を差引いた後の利益を当期純利益、その他の要因で生じた利益をその他の包括利益という。
式で示せば  包括利益=当期純利益+その他の包括利益
という関係になる。
その他包括利益は具体的に何かと言えば、例えば、損益計算書に計上されずに純資産として計上された金融商品の評価差額とか海外子会社の連結に際して生じた為替換算調整勘定など様々である。
期首純資産残高+増資額+包括利益-支払配当=期末純資産残高
の関係を財務諸表で明確に確認できることは財務諸表の有用性を高めるとされており、上式のような関係が成立することをクリーン・サープラスな関係と呼んでいる。 近年の企業評価モデルの研究ではオールソン・モデルのようにクリーン・サープラス関係が成立していれば株主持分(純資産)が簿価であれ時価であれ、残余利益の評価式から市場価値が導けることが知られている。


 

 オールソンモデル(Ohlson model)は残余利益(residual income)モデルとも言われる。当期利益から自己資本コストを控除した残額を残余利益(=当期利益-期首自己資本×株主資本コスト)というが、これは純資産(自己資本)が生み出すべき正常利益 を上回る利益(つまり超過利益)ともいわれる。


 

 

 この算式によれば1年後から無限大までの残余利益[=当期利益(Et)-期首自己資本(Bt-1)×株主資本コスト(r)]を予測しなければならないので、実務的には使い勝手が悪い。そこでゴードンモデルの考え方を取り入れ、1年後の予想残余利益が以後は一定率g%で成長すると仮定する。1年後の残余利益はE1 -rB0 で表せる。この予想残余利益をZで表せば

残余利益モデル

ここで右辺の第2項以下をPで表す。

残余利益モデル
Pについて以下のような数式操作をする。

残余利益モデル

従って

残余利益モデル
を得る。この残余利益の定率成長モデルを使って理論株価Vを求めてみる。

例えば、現時点がちょうど期首だとして、予想当期利益が100円で次期以降も3%で成長すると仮定する。期首の純資産残高(自己資本残高)を1000円、株主資本コストを5%,、発行済株式数1株とすれば予想残余利益=100-0.05×1000=50 となる。この予想残余利益は3%で成長するとすれば、その現在価値は50/(0.05-0.03) なので株式理論価格=期首純資産1000+50/(0.05-0.03)=3500

期首時点における理論株価は3500円と計算される。市場価格が理論株価に等しいとすれば、PBRは3.5(3500/1000)となる。

残余利益モデルとPBR(株価純資産倍率)について

残余利益モデルの算式は以下のような読み方ができる。企業が簿価ベースの純資産に対して株主が求める正常利益を上回る利益(つまり超過利益)を稼得できるならば簿価純資産以上の株価が期待できる。(つまりPBRが1倍以上となることが期待される)。しかし残余利益(超過利益とか異常利益とも呼ばれる)を稼得できなければ理論株価は期首の簿価純資産を上回ることができないことになる。いわゆるPBR(株価純資産倍率 price to book value ratio)がいつまでも1を下回る状態に陥ってしまう。このような状態を脱却するには超過利益を生み出せるような経営に努力するしかない。ROEは自社株買いなどで自己資本を減らす(つまり分母を小さくする)ことによって比率を高めることは可能であるが、株主資本コストは市場から要求される所与の変数であり。企業や経営者の管理可能な変数ではない点に注意すべきだろう。


PBR(株価純資産倍率)ROE、株主資本コストと残余利益モデルとの関係




財務入門目次へ